24 février 2006

ふりかえりMorocco日記 xiv

昨日、寝る前か朝起きてかTが「キャップ」がないという。
昨日のイタリアンレストランに置き忘れたらしい。街を離れる前に取りに行こうということになる。

(朝食は値段に含まれていたような気がするが)メディナのスーク入り口あたりで食べようかということに。
荷物をまとめて、フロントに預かってくれない? と聞くと、「ごめん、できない」と言われる。
しょうがないので担いでいくことに。
顔ももちろん、荷物も含めて、トータルでTraveler’s Styleだったので、
あちこちから朝飯どう? と声を掛けられる。

朝飯の勧誘に混じって、やたらに親しげに話しかけてくる人が。
なんだ、なんだ、うさんくさいやつだなぁと思っていると、「はまむ」と聞こえる。
ん? どうやら、昨日、Hammamであったよなと言っているらしい。
別に親しく話したり印象に残った人は居なかったが...と戸惑っていると、
他にも何人かが« Hammam »と声を掛けてくる。
何を売ってくるわけでもなく、“friend!”とか「ナカタ」とかではなく話しかけられるのは珍しい。
« Hammam »に入ったことで、地元の人に少し受け入れられた気がしてうれしかった。

旅行のときには、その土地の人の生活をみたいと思う反面、
その土地のひとにうっとおしがられないようにしたいとも思う。
概して観光客というのは土地の人に疎ましがられやすいものだと思うが、
あのHammamに関して言えば、foreigner, stranger friendlyなところだったようだ。

先送りにしていた土産物を買うために昨日も分け入ったスークに入るが、Marrakechと比べると、
格段に土産物屋が少ない。少ないというか、こぢんまりとしているのだ。
生活感漂うものは多くあるが、土産物になりそうな、布だとか真鍮細工なんかはあまり見あたらない。

とりあえずスパイスを買う。ここでも少し語りぐさなことがあるのだが、面倒くさいので省略。
Moroccoではスパイスが猛烈に安いということ(さすがアラブ商人、スパイスを牛耳っている(?))と、
Moroccianは商売の相手には親切(それは商売のためかもしれないけれど)だということが分かる。

街を徘徊し、スパイスを買い、そして駅へ。
そう、今日、我々(俺とT)は古都Meknesへ、(性格の悪い俺らに嫌気が差した)YはCasablancaへ移動なのだ。
もっともYは欲を出して、帰りにLondonでストップオーバーしたいということになっているが...。

昨日も来た街外れ、というかメディナ外れからTAXIで、
Tのキャップを取りに昨日のイタリアンレストランに行き、駅に向かおうということになる。
すり鉢状になっているFèsの街の丘を登りモスクに差し掛かると何やら人だかり。
どうやら、葬式のようだ。棺を担ぐ男たちと、その取り巻き(50人くらい)はみんなで何かの歌を歌っている。
葬式のようなprivateで宗教的な行事に観光客がapproachするのは申し訳ない気もするが、
その向側に行きたいのだからしょうがないということで、やや葬列に着いていく形で移動する。
日本のしめやかな葬式も悪くはないのだが、朗々と歌を歌いながら故人を送る式というのも何とも素敵だ。
少し得した気分にもなる。歌の内容を理解できたり、一緒に歌ったりできればよかったのに。
イスラムの世界というのは、「未知」ということもあるけれど、奥が深くて魅力的だ。

まぁ、そんなこんなで、TAXIに乗り、レストランによって駅へ。

Posted by Sota at 14h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

23 février 2006

ふりかえりMorocco日記 xiii

「Fèsにて」の記事はだれて一端メディナから脱出してネットカフェで書きました。
回線は意外と早く(って、主にテキストしか送受信していないせいかも)、さらに安い。
いくらか忘れたか安い。1時間をそれも3人で使うのに、「一人一台」などと野暮なことを言わずに、
みんなでシェアさせてくれました。しかも、あめ玉までくれて。

あめ玉くらいもらえるところがいくらでもありそうなものの、
対価が要求されないところはそこまで多くないのではと考えてしまう。
この辺りが、Moroccoにやられてしまって、警戒してしまう気持ちの表れ。

まぁ、なにやら、メールやらチャットやらWebサーフィンやらをする。
日本を離れた間に関東大震災やらが起こっていないかと冗談で思ったわけだが、
それほどの大事件は起きていなかった。
久々の日本語にちょっとほっとする。

だれているのももったいないと言うことで、飲み物を買って再びメディナへ。
こんどはちょろっと迷う。詳細は思い出せないので、省略。
何か建物やら史跡を見たわけではなく、ぶらぶらしていたから言葉になりにくい。

んで、次に残っている記憶は...。
砂漠に雨を降らし、山に風雪をもたらしたTが原因だと思われる、雨。
それも、土砂降り × 0.8くらいの結構ひどい雨。
疲れたし、困ったねぇということで、メディナを脱出して、TAXIを使おうということに。

そして、行き先は、McDonald’s Restaurant。
そう、世界展開をしている、ジャンキーフード、ファーストフードの代表格のマクドナルドです。
いい加減、素朴で健康的な(そしてあまり代わり映えしない)料理に飽きがきた。
そこで、昨日、夜、Fèsに到着したときに見かけたマクドナルドに行こうということに。

雨の中TAXIでマクドナルドに乗り付けるなんて、旅の風情もなんにもない。
これでは、半ズボンとビデオカメラとコーラをトレードマークに世界を旅する某国人のようではないか。
まぁ、いい。彼らは、一流ではないけどやみつきになってしまうものを作るのがうまい。

さて、マクドナルドの値段を見ると、なんと日本とほとんど変わらないではないか。
というか、10年くらい前のバリューセットとかがないときの値段くらいする。
皆で、セットを注文して食す。
朝以降何も食べていなかった割に3時ぐらいになってしまっていた。
空腹のせいか、久しぶりのせいか、口なれている味のせいかうまい。

マクドナルドには我々同様(?)、西洋風食事に飢えた西洋人旅行者が目立った用に思う。
そういう意味では、日本人は十分西洋に染まってしまっているらしい。
(海外で寿司屋に入ったことはないが、Pizza HatやらMcDonald’sやらStarbucksには入ったことがある)

そんななか我々の隣のテーブルの子供二人組は、現地人のように見える。
現地では1/10ほどの値段で同じくらい満腹になるものを食えるというのに、何とも贅沢な。
勝手に« Un Diraham »(1 DHちょーだい)とせびって集めた金で買っているのだということにして盛り上がる。

口にケチャップが付いているので教えてあげると、拭き取って「ありがとー」というジェスチャーをする。
日本の子供よりかわいげがあるではないか。さすが、かわいげのprofessional。
そのかわいげでいくら稼いでいるのだろう。

しばらく、ゆっくりしていたが、雨がいっこうに止まないので再びTAXIでホテルに帰ることに。

ホテルについて一段落していると、突然停電。
このホテルだけかと思って外に出てみると、一帯が停電している。
まぁ、騒いでもしょうがないので、待っているとしばらくして復帰。思っていたよりは早かった。

さて、そろそろneil & marikoさんと待ち合わせの時間なので、お二人の泊まるホテルに向かう。
ロビーで「何食べる?」みたいな話になり、ピザ屋へ行くことに。
聞けば、二人が昼を食べたとこらしい。
昼と同じところでいいのかと気になるが、言い出したのはneilだし、いいかなと。

依然雨は降り続けているので、やはりTAXIで行くことに。
新市街のどこかにあるイタリア料理屋に到着。
ピザやら何やらいろいろ頼む。ここは、お酒も置いているらしい。
確かに通りに面したガラスは中が見えないようになっていた。
そんなわけで、ビール、ワインなどを飲む。
そんなにたくさん飲むつもりはなかったのだが、neilに乗せられて結構飲んでしまった。
そうそう、Lonely PlanetのMoroccoを手がけている人がレストランにいた。なんか世界は狭い。
こちらが英語が堪能なら俺もしゃべってみたいところだったが、
話しかけた挙げ句に相手のいっていることが理解できないと悪いし、
しゃべりたい内容を英語ではすらすらでてこなさそうだったので断念。

お酒が入ったことと、我らとneilが話好きなことから、ああでもないこうでもないといろいろと話す。
あまりよくない話題だといわれている宗教やら政治やら文化やらの話をする。
日本人とかthe British/Englishの話にもなる。

一見すると日本は西洋 or 西欧化されていて、
(特にキリスト教圏の)ヨーロッパとは似ているような挙動をすることがあるが、
西欧の人がどういう風にものを考えているのかとかはあまり知らない。
なので、例え一人とはいえ生のEnglishの話を聞けたことは非常によかったかな。
marikoさんが言葉の橋渡し役になってくれたことも大きかったかな。

そんなこんなで愉しくFèsの夜は更けていきました。
明日は俺とTはMeknesに、口の悪い仲間に愛想を尽かしたYはCasablancaに出発。
ここで、neil & marikoさんにお別れをして、一路TAXIでホテルへ。

ホテルについて一段落。今日は昨日よりはいいにしても、依然ほぼ冷水シャワー。
MarrakechですっかりHammamが気に入ってしまったので、ここでもHammamに行くことに。
Lonely Planetによると近くにone of the most convenient and foreigner-friendlyなのがあるらしいので
そこに向かうことにする。

で、せっかくなので垢擦りをして貰おうと、Marrakechで買った垢擦りミトン(?)を持って行く。
中に入ると...。高級Hammamとこんなに落差が!と思うほど、庶民的で雑然としている。
まず、入り口でお金を払う。いくらかは忘れたが10 DHとか20 DHとかそういうくらい。

勝手が分からないので、しばらく途方に暮れ、周りを眺める。
どうやら、あそこで服を脱いで奥の部屋に行けばよいらしいということが分かる。
ま、日本の温泉や銭湯なんてのは素っ裸。
それに比べれば、パンツは脱がずに入ればいいHammamなんて日本人には造作のないこと。
かと思っていると...。

窓もなく石造りの壁の部屋がL字型に奥まで伸びている。
奥の部屋はお湯が出てきている部屋でそこでお湯を汲んで体を洗ったりするのに使う。
奥から順に部屋の温度が低くなっていき、入り口近くの部屋では垢擦りなんかをしている。

さて、部屋はどうでもいい。
すごいのはこっち、中はすごい人口密度。
頑張って説明してみると、自分を中心に半径が腕の長さの円を描くとすると、
必ず誰か一人はその円に入ってくる。
誤解のないように付け加えると、相手の円と自分の円が重なるのではなく、
自分の円に相手が入っているという状態。
ちょっと圧倒される。

勝手の分からない外国人がきょろきょろしているという怪しい状態な割にみんな親切。
中には英語ができる若者が居て、説明してくれたりする。
それのお陰か、奥の部屋の様子を観察した結果か、
どうやら、お湯を貰うには「お湯奉行」的な役割をしている人にバケツを渡せばいいらしいことが分かった。

お湯はめちゃくちゃ熱いので、それをまた水で薄めて貰って...ってかんじでお湯を取得。
体を洗ったり頭を洗ったりする。
さっき入り口で垢擦りをして欲しいといったら、男が俺のタオルなどを持っていき壁に掛けられてしまったのだが、
いよいよ体を洗うのだからととりあえず取り返す。

頭などを洗ったのでいよいよかと思って、さっきの男が居た方に向かうが、
裸の外国人、それもわさわさ居たらこっちには一切区別が付かない。
困ってうろうろしていると、向こうがこっちを捕まえてくれた。

ようやく垢擦りをして貰ったのだが、どうやら最後に石鹸で垢を洗ってくれるところまでで
一件落着らしいのだが、石鹸は無いというと、「じゃあ、終わりだ」といって解放される。
お金はどこで払うのだろうと思いながらも2人のところに行って、出ようかということになる。

服を着て、外に出るまで、誰にも垢擦りのお金を請求されなかったことを考えると、
石鹸はとても重要でそれをしなかった以上は、お金を取るほどでもないのかもしれないな
などと解釈することにする。

てくてくとホテルの方に向かう。
また、愛想のいい初日のチェックインのときの亭主から鍵を受け取って部屋へ。
軽く荷物をまとめて、明日はどうするかなどどいって寝る。

Posted by Sota at 22h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

Fèsにて

ただいまFèsに来ております。

いやー、なかなかMoroccoは面白いところですね。
カサブランカ→マラケシュ→ワルザザード→砂漠→フェズというのが
現在の旅程なわけですが、近代的な都会あり、怪しい迷路のような旧市街あり、
ラクダに砂嵐あり、極めつけに吹雪まであり。

砂漠の国だと思いきや、アトラス山脈越えでは吹雪に遭遇してしまった。
そのせいで道が通行止めになっていたりして、予定よりも4時間ほど遅れてFezに到着。
運転手さんご苦労様です。あやしい日本語と変わった声の音楽が印象的でした。

帰ったらまた振り返り日記を書きます。
写真の会もやるのでみなみな、予定を空けておいてくださいまし。

Posted by Sota at 14h40 | Comments (0) | TrackBack (0)

ふりかえりMorocco日記 xii

朝はゆっくり寝ようと思っていたが...。

9時頃にドアを叩く音が。
また、宿の亭主が何かを言ってきているのだろうと。
あきらめてくれないかなぁと、ベッドでぐずっていたのだが、
どうやらあきらめてくれなさそうなので、出て行くことに。

すると、宿の亭主ではなく、neil & marikoさんが。
聞けば、我々がちゃんと泊まれているかを見に来てくれたらしい。
寒いけど無事に寝られたよなどと話して、今日の晩ご飯の約束をした。
とりあえず、夜に2人のホテルで待ち合わせということになる。

ってなわけで、当初の目論見より早く目が覚めてしまったので、起きて活動することに。
何をしているタイミングで起きたかは定かではないのだが、部屋にいるとき区画一体が街中停電したりする。
Fèsはなかなかの波乱でスタートである。

ホテルの昼番は英語を分かるホテルの黒人女性だった。
勝手に昨日のアラブ人(?)のアラビア語とフランス語しか話さない愛想のいい男性が一人で経営している
零細ホテルなのかと思いこんでいたので別に人が居ることに少しびっくりしてしまった。
まぁ、一人のはずはないか。バカでした。

で、ホテルの人曰く、朝ご飯は部屋かテラスで食べられるとのことだったのでテラスでいただくことに。
たしか、オレンジジュースとミントティーとアラビアパンあたりが出てきたと思う。
「不可」ではない程度のレベルだったかな。

テラスと街を見るには、昨晩から今朝方まで雨が降っていたらしい。
1000年以上も街並みが変わっていないというMoroccoで最古の都市Fèsの街が望める。
朝食を食べ、だらだらと身支度をしていよいよ街へと繰り出す。

昨日行った雑貨屋があったあたりを経て、Fèsのメディナの入り口へ向かう。
迷宮と名高いFèsのメディナであるが、正直なところ
夜に訳も分からず入って見事に迷ったMarrakechの印象が強すぎるのか然程ぐっとこない。

ガイドブックもMoroccainもみなFèsをお勧めしてくるが、
Fèsの良さが分かるのはもう少し経験値が上がってからなのかもしれない。
丁度、京都の良さが修学旅行生には分からないのと同じ感じかなと思う。

とはいいつつも、Fèsのメディナもなかなかすごい。
何がすごいかというと、その規模とごちゃごちゃ度。
何も頼りにするものが無く迷ってしまったら自力脱出には相当な時間がかかりそうだ。

が、そこは観光地。素人向け、見所コースが設けてあった。
数種類の色の看板がどっち向きに進めばいいかを教えてくれる看板が道のあちこちに着いている。
願わくば、この矢印の道を通るとどういうコースになるのかという、
地図が手元にも欲しいがそれを配っているところは見あたらず。
時折、掲示板のように地図が張り出してあるところでコースの全貌を確認することになる。

初めは、Lonely Planetの「お散歩コース」を使って街を眺めたが、
一通り終わった後は、適当に看板を見て歩いた。
たまには迷ったりするが、絶望的にlostしてしまうことは無かった。

そうそう、この街、坂が多いです。歩きやすい靴と、元気と、そして少ない荷物と共に歩くことをお勧めします。
そして、我々が訪れたときは雨が降った後ということもあり、泥やらロバの糞やらで下はまんべんなく汚かった。
旅の間、そのような何かの落とし物などは「不浄なもの」と呼んでいた。
そこまで足下は汚れずにすんだ俺とTとは、対照的にYはそーとー不浄。
裾がそこまで長いわけでもないのになぜだと、密かに話題になる。歩き方の問題なのだろうか(?)

あちこちに不浄なものがあるし、目の前を歩いているロバが突然「不浄なもの」を出すことも。
狭い道では避けようもないことも少なくないので、これは恐怖。

Moroccoで土産物を買いたい人、それが化石だったりしないひとは、
Marrakechで購入することを強くお勧めします。(strongly recommended!)
FèsはMarrakechに比べると生活感のあるsoukで、
土産物になるような華やかなものがたくさんあるわけではないというのがその理由。
ちなみに、化石が欲しい人は山間部か、やはりMarrakechか、アトラスの内陸側がよさそう。

Marrakechでたくさん見かけた真鍮細工や革、布、その他の手工芸品は、
少なくともちょろっと歩いている我々にはそこまで発見できませんでした。

旅も中盤に差し掛かると、みんなへたれてくるものです。気だるくぶらぶら。

Posted by Sota at 13h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

22 février 2006

ふりかえりMorocco日記 xi

夜中に目が覚めると、美しい月。
猫と添い寝していたTも目が覚めたようなので一緒に外へ。

月明かりが明るいらしいと言うことは知っていたが、本当に明るい。
月明かりに照らされる砂漠の景色はなかなか幻想的。
夜が更けて雲と月が砂漠に。風も出て、軽い砂嵐的だった。

外では景色を見て...、夜の砂漠で用を足したり。
だって、トイレがないんだもの。しょうがないじゃない。
再びテントに戻り、冷え込んだときのために持ってきた服をさらに着て、眠りにつく。
やっぱ、朝方は冷える。

昨晩、ガイドの人に教えてもらった日の出の時間前に起床。
昨日、麓で戯れた巨大砂山に向かう。砂に足を取られて思うように進めない。
思いの外、体力を消費して息が切れた。

雲は相変わらず空の上にあるが、砂漠に日が昇ると、「今日も1日が始まる」という感じがする。
ここ風に言えば、「アッラーのおかげ」かな。それもまた分かる気がする。
今日もよろしくわれわれを照らしてください。

日の出をみて砂山を下ると...、あ、雨が。
砂漠で雨を降らせるなんて、よっぽどの雨男がキャンプに紛れ込んだらしい。
朝ご飯を食べる前に、そう、やっぱりミントティー。そして、食事。
砂漠の中なので、贅沢とは言えないけれど、ちゃんとした朝食。

一通り朝食をいただき、食後のミントティーを飲もうとしたときに事件が。
ミントティーを入れようとしたときに事件が。

彼の地ではミントティーを注ぐときヤカンを高く上げて注ぐ習慣がある。
というわけで、郷にいればってなんとやらでそのようにすると...。
コップの8割ほど注いだところで、「ピシッ」。なんと、ガラスのコップが縦にまっぷたつ。
あまりに唐突で何が起きたか理解できなかったが、机の上にはミントティーが広がっていく。

ガイドの人が来たので、カップが割れたと謝ると、それは吉兆だと。
こちらではものが壊れるのはもっと悪いことをものが代わりに引き受けてくれているのだと。
そのお陰か、昨日荷物を置いたホテルまで駱駝に乗って戻る頃までには雨も止んだ。

昨日、日没を眺めたあたりまで戻った頃には、すっかり空は青くなっていた。
夏に日の午前中のような光が印象的。

ホテルの怪しげなトイレで用を足して(別にトイレ話が好きなわけではないのだが...)、
自分で汲んだ水で流して...、いざ出発。

最寄りの街まで便乗するという男が運転していきます。
もう一人の方が便乗男かと思いきや、そっちが運転手さんでした。
街に着くまでは、この辺はParis-Dakar(パリダカ)のコースなんだよとか教えてもらう。
確かにこの辺だとは知っていたのだが、まさにこの辺だとは...。へー、と思う。

便乗男が車を降り、運転手さんが運転し始める。
と、みょーなカセットテープを掛ける。
ヘリウムを吸ったような声で気だるく、エンドレスに何かを唱えているように聞こえる。
彼はそのテープが好きらしく、時折他のを掛けてはみるが、結局そのお気に入りテープを掛ける。

そ、そして、我々には分からなかったのだが、何か音がおかしくなることがあるらしく、
たまにテープを取り出し、端を持って叩きつけたり、読み込みの面のプラスチックをなめたりしている。
あのー、ファミコンじゃないんだから、絶対効果無いって...。
そもそもなめるのが効果があっても、なめてるのはテープじゃなくてケースだし。
あの、運転手さんの飄々とした雰囲気と、音楽、そして、テープに対する仕打ちは印象的だったかな。

連日の車による大移動で疲れて来ているのか、うとうとしたりしてしまう。
やはり、大地の広さを感じるドライブでした。
10時ごろに砂漠を出発しまして、13時頃にお昼を食べるレストランに到着。
ここでも、やはり...、そう、タジン。
ここのタジンも例によっておいしいのだが、例によって例のごとくタジンなことが最大の問題。

奥には日本人の観光客が2グループほどいた。
どうやら、ビールもあるようなので、我々も軽くいただくことに。

食事を食べていると、なにやら運転手さんが英語で何か言っている。
marikoさんが教えてくれたことによると、どうやらこの先の天候が思わしくなく、
道路が閉鎖されているかもしれなとのこと。今事実を確認中だからもうちょっと待ってといっているのだと。

閉鎖しているのが確定するとどうなるかって?
Ouarzazateに逆戻りするって? つまり昨日1日を無かったことにするほど戻るってことかい?
そんなぁー、こんな時こそ「アッラー」の出番です。困ったときの神頼みとはまさにこのこと。
運を天に任せて、道路が閉鎖されていないことを願いました。

ところで、我々の旅程はカサブランカに始まり、カサブランカに終わる、「ぐるっとモロッコ」コースなので、
半分以上ぐるっと回ったところから、道路閉鎖を避けて、次に行きたいところに行くには、
カサブランカを通るしか無いことになります。
道が閉鎖されているところの街で泊まって1泊しようと思えばできるのか、
Ouarzazateに戻されてしまうのか、どんなオプションがあるのかも分からずどきどきでした。

ご飯を食べ終わって、運転手さんが再び。どうやら、出発できるらしい。時刻は3時前。
外に出ると...、雪。え、雪? また、雪? (日頃の生活値が雪の降るエリアなので...)
雨男は雪も降らせられるんだななどと、意味も根拠もない嫌みをTに浴びせる。
出発できそうで本当によかった。よかったが、進むにつれて、雪はひどくなり、吹雪のようになる。
天候のせいでコースが変わり、Ifraneというヨーロッパ風の街並みの街を見ることはできず。

山に差し掛かると天気は一層悪くなり、いよいよとある街で足止め。
街の出口に通行止めを閉めすバーが降りています。しょうがないので、雑談をしたりトランプをしたり。
1–2時間ほどそんなことをしていただろうか、あたりが薄暗くなってきていたころ、
何やら前方で動きがあった。道が通れるようになったらしい。
ここに着いてから天候が好転したとは思えないのだが...。まぁ、進めるのだから進むしかない。

まぁ、こういうときは、どこの国の人もそうなのだろうと思うが、
変に追い越したりして、1台2台を稼ごうとする人が居る。
そいつがまた、普通の乗用車だったりするからスリップして動けなくなったり。
すると、運転手さんが「アイツラ、バカ。モロッコ人バカ」と日本語でいう。我々はかなりうける。
うすうす気付いていたが、この運転手さん、なかなかユーモアのある人のようだ。場が和む。
皆で、英語でしりとりなどの言葉遊びをする。(neilは英語しか分からないので)

言葉遊びにも疲れてうとうとする。外はもう真っ暗だ。
どうやら街並みが見える。目的地であるFèsに着いたらしい。時刻は10時。
6時には着くはずが、こんな時間に。
もっとすごいのは、運転手さんはこれからOuarzazateに戻るらしい。お疲れ様です。
少し多めにチップを上げてお別れしました。

さて、宿無しの我ら。
ツアーのオプションで宿を取っていたmr. neil & marikoさんが一緒に探してくれる。
あまり高くなければそこに泊まろうかとも考えたのだが、結構するので断念。
結局、Pension Bathaというところへ。朝食付きで一晩250 DH。
翌日、宿を探すのは面倒くさいと言うことで二晩とまることに。

宿の亭主が、全く英語ができない。
英語ができないのは仕方がない。問題はこっちがフランス語もアラビア語もできないことだ。
フランスに行ったときの会話集みたいなもので、なんとか宿帳に記入をすます。

亭主の彼が何やらフランス語で、何かを伝えてくれようとするがあまり分からない。
どうやら、今から用事があってでかけるんだけど、今すぐシャワーにはいるならつけておくけどどうする?
って感じのことを言っているらしい。
一応、今はいると伝えたつもりだったが、さっき部屋を覗かせて貰ったときにでたお湯シャワーがでない。
うーむ。しばらくすればお湯になるかと思い突入したYが餌食になる。寒そうだ。
全身に水を掛けるのは無理だということで、Tと俺は頭についた砂を洗うだけに。

疲れたので早々に眠りたかったが、シャワー、いや、水シャワーを待っている間に、
デジカメのデータをフォトストレージに移す。いや、移そうとしたところ、手が滑る。落下。
これはCFタイプのHD。6GB。砂漠の写真が満載されているこれがどうも動かない。
あー、困った。数回、カメラにもフォトストレージにも入れてみるがカラカラとよくない音がする。
最後のチャレンジと思って、フォトストレージに入れてみると、なんと読めた。
祈るような気持ちでCOMPLITEの表示が出るのを待っていたが、一応、無事終了。
しかし、そいつは、それ以降一度も正常に動くことがなかった。まさに奇跡だ。よかった。

さて、話は戻って...
腹が減った。腹は減っているが、こんな時間(10時頃?)だしどこもやっているようには思えなかった。
さっきシャワーのことを話したときに、あやしーいフランス語でどこか何かを食べられるところはないかと
訪ねたときに「あっちのほうに...」と教えてくれた方に行ってみることに。

行ってみると、雑貨屋が。
パンやらお菓子やらCokeやらを買って戻ってくる。残念ながら今日の晩ご飯はこれになりそうだ。
まぁ、若いからこういうのもありかもしれない。
こんなときは、一人でないありがたみを心底感じる。
「水のシャワーと寒めの部屋とジャンキーな歌詞を10時頃に食べる」なんてのを一人でやると、
多かれ少なかれブルーになってしまうに違いない。

Lonely Planetに載っていた、Fèsの「非公認ガイド」(資格を持っていないガイド、違法になるらしい)の
Ahmedへのインタビュー記事をラフに翻訳して読み上げたりして歓談。
疲れていたせいか、別段そこまで面白くないはずの話でも笑えた。
そんなこんなをして夜は更ける。

お湯のシャワーも浴びていないし、部屋に暖房も無くて少し肌寒いけれども、
まぁ、とにかく、たくさん疲れたので、とりあえず寝る!

お休みなさい。

Posted by Sota at 23h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

21 février 2006

ふりかえりMorocco日記 x

砂漠の入り口にある、ホテル(?)に荷物を預け、一晩に必要なものだけを持って再出発。

さぁ、ここで、ターバンとジュラバの出番。
ターバンはさっき、本当に砂漠に向かう直前の街の絨毯屋で購入。
ジュラバはもちろんMarrakechで買ったもの。
着替えてとりあえず、記念撮影。
(おそらく我々が買ったジュラバは平野・山間部の人の服っぽい。砂漠の民は青い服を着ていた。)

運転手さんにチップを渡したり、着替えたりとなかなかあわただしい出発だった。
カメラのデータをフォトストレージ移したりも。
(↑終わらず、機械が動いたまま駱駝に乗ることに。置いていきたかったのに...。)

さぁ、いざ、砂漠の中へ。
いたいた、駱駝。こいつらが、我らを砂漠の中に連れて行ってくれるのか。
移動の際は駱駝を数珠繋ぎにして先頭をガイドの人が引っ張っていく。
一番賢いやつが先頭になっているらしく段々と馬鹿駱駝になっているとか。
そんなわけで、女性・子供、男性という西洋的秩序で我々が配分されていく。

marikoさんが先頭なことは確定しているらしい。そして、一番偉い成人男性つまりneilが最後尾へ。
我らはその間に配分される形になった。ちょっと申し訳ない。
別にどの駱駝でもいいから、2人をくっつけてあげればいいのにと思ったが、
言い訳する間もなく乗駱駝させられる。

ガイドの人が駱駝を立たせようとすると...。
駱駝は何ともいえない獣の声を上げる。もーれつに、そーとうに立ち上がるのが嫌らしい。
そうとしか考えられないほど「ぐず」ってる。
そのマネはTがうまいので、リアルワールドでTに面識がある人は、リクエストしてみることをお勧めする。
ただやらせようとすると、彼自身が「ぐず」るので多少のアルコールを飲ませることを忘れないように。

駱駝に乗って30分ほど砂漠の中へ進むと、いよいよ日没。
遙か彼方の山の端に今日一日を照らしてくれた太陽が消えていく。
あんまり「大自然派」ではない俺も「おおー」となる。もちろん写真を撮るのも忘れてはいない。
撮りまくった。撮りまくったが、ちゃんと自分の目でも見てきたぞ。

空の色が段々と赤から青みを帯びていくさま、
昼と夜のせめぎ合う場所が徐々に地平線の向こうに移っていくさま。
これらは、何もないからこそ見られる景色だろう。

もう満足したので、キャンプ地へ早く到着したいところだったが、
それから1時間も奥地へ行ったところにキャンプはあった。
砂漠の中にいくつかのテントが張られており、グループごとにテントで寝なさいという施設のようだ。

日没後の砂漠を1時間も駱駝に揺られていたおかげで、冷え切ってしまった体を温めてくれるのは、
やはり、ミントティー。いいね、これ。ほんと温まります。

なんだか分からない間がしばらくあって、neilやmarikoさんらと話したり、
居合わせたカナダからきたカップルとも言葉を交わしたり、しばし歓談モード。
neilの話し好き+つたない英語に耐えてくれる心の広さのお陰でいろいろと話が弾む。

あまりにやることがないので、Tと砂漠に向かって走り出したりしてみる。
星がきれいなので、カメラのシャッターを長時間露出(3分)にして、撮ってみたり。
当たり前なのだが、ちゃんと星が3分分動いている。理科の教科書は嘘をついていないみたいだ。

疲れたのか少し眠そうなYもテントから引っ張り出して、ジャンプさせたり暴れさせたりして写真を撮る。
く、下らない。が、楽しい。

しばらくして、晩ご飯になる。
まず、サラダ。例のモロッコ風サラダである。
みんなで「きっとまたタジンだ」と言っていると...。そうやっぱりタジン。
細かくは忘れてしまったのだが、確かプラムが入っていて他と違う味がしておいしかった気がする。
ただ、まぁ、またいつものタジンなのはちょっとね。

ガイドの人が太鼓やらなにやら楽器をもって演奏を聴かせてくれたり。なかなかいい夜だ。
いつしか、外ではたき火が焚かれいい感じ。
疲れているのと、砂漠ではやることもないので、早々に寝る。

寝床はご飯を食べたのと別なテントにマットレスと毛布と枕というシンプルな感じ。
明け方に冷え込みそうだったので持ってきた服をさらに来て、ジュラバのまま就寝。

占星術はアラブの砂漠の民が発祥だという話を聞いたことがあるが、
砂漠では星しか目印がないということを身を持って体感して、みょうに納得してしまう。
もしここに放り出されたら、どっちに歩いていいかも分からない。

Posted by Sota at 22h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

ふりかえりMorocco日記 ix

さて、朝も7時前に起床して、一応の身なりを整えホテルで朝食。

食堂に...、誰もいない。朝食は(?)と思いつつ、ホテルの人に尋ねると、ここと暗い部屋に案内される。
中を覗くと一応、食堂のようだ。
見ると少しは準備がしてあるらしい、というか昨日の残りなのではないかと思われる。
仕方がないので、(冷えた)クレープとコーヒーなどを持ってくる。

食べていると、あら、温かいクレープを持ってくるではないか。
ならそう言ってくれればまっていたのに。温かいのも食べたいので、とってきて食べる。
お陰で朝からやたら食べることになってしまった。
冷えたクレープが膨らんでいないナンみたいになっているのに比べ、
温かいのはちゃんと柔らかくやはりおいしかった。

外を眺めると、空気と光が日本と全く違って、なかなかきれい。
乾いた空気に力強い光が斜めから差して大地と椰子の木を照らしている。

食後、部屋に戻り、荷物をまとめ、7時半にホテルの前へ。
昨日の運転手さんがお迎えに来てくれました。

これからお昼までは、カスバ街道と呼ばているらしい道をひた進み、大地とカスバを眺めました。
本当はもっとエピソードやら大地の壮大さをつらつらと書ければいいのだけれど、
そのへんのことは見せないことには説明できなさそうなので、ここではあっさり。

昼を食べたのは、Gorges du Todra(トドラ渓谷)にあるレストラン。
またしても、モロッコ風サラダとタジン。
別にまずい訳じゃないんです、むしろおいしいのですが、バリエーションに問題が。
ツアーの内容に注文を付けるとするならば、1食くらいタジンじゃない料理を付けて欲しいということかね。

腹も満たされ、渓谷の写真も撮ったりして、一段落。
いよいよ、いわゆる「砂漠」に進路をとる。さっきから砂漠に近づいてはいたのだろうけど...。

渓谷の道を戻りオアシスを抜けて、「何もない地帯」へまっしぐら。

途中、見渡しのいいところで運転手さんが写真を撮っていいよと軽く休憩タイム。
そこでneilが、小声でなにやら話しかけてくる。そう、この運転手さんに渡すチップの相談だ。
砂漠に到着した段階でこの運転手さんとはお別れすることになっていたので、
到着までにチップを決めておかなければならないのである。

我ら日本人にはチップを渡す習慣がないので、こういう状況に出くわすのは新鮮。
「僕らは○○くらい出そうと思っているんだけど、君らはどうするつもり? いくらくらいを考えている?」と。
marikoさんと我らが日本語で話せば車内でも運転手さんには分からないのではとも思ったり。
おそらく、そういうことは男の人がやることになっているのだろう。
チップ感覚のあるneilのお陰でチップは一件落着。
運転手さんとneilが煙草を一服して再び出発。

さて、車は進み、乾燥地帯へ。
100 km/h近い速度でひた進んでいるのだが、見渡す限り何もない。
いや、時折チャリに乗っている人を見掛ける。
一番近い人がいそうなところまで数十kmくらいはありそうなんだがなぁ...。
彼らは何をしている人なんでしょう。

突然、犬の散歩(?)をしているひとに出くわしたりもしました。
もっと近場で散歩すればいいのに...。

かるーく砂漠っぽくなっているところで、記念撮影兼休憩のために車を止めてくれた。
おぉ、確かに砂だ、砂。砂漠だーと、ここでは感動。
(こんなのは、砂漠でもなんでもなく、砂場くらいだと気付くのは本当の砂漠に着いてから)
誰が一番絵になる写真を撮れるかコンテストも開催された。誰が勝者だったかは忘れてしまったが。

また、また、また、車はひた走る。いよいよ、夕方風な光になる。
ふと気付くと、後ろに見える、アトラス山脈のように切り立っていない、
通常の山ではないような山のようなものが遠くの水平線に現れている。
なめらかな曲線を稜線に持つ「何か」がそこにあった。

「ねぇ、あれってまさか砂漠かな?」と言わずにはいられない。
だって、イメージしている砂漠が絵に描いたように縮小されて遠くに鎮座しているんだもの。

あまり万人に分かりやすい例えではないが、
天体望遠鏡で土星を見たときの「えー、あれ本物? 絵じゃないの?」という感じ。
でも、(夕方には砂漠に着くことになっていたので)時間的にもあれがいわゆる「砂漠」に違いないと思う。
車が近づき、いよいよ詳細が見えるようになると、やっぱりイメージ通りの砂漠がそこにあった。
冗談みたいに砂がめちゃくちゃあって、それが山になっている。

おそらく多くの人は俺と同様に、砂漠とそうではないエリア(沙漠)の境界ははっきりしておらず
近づくにつれて段々と岩が減り砂が増えていくものだと思っているのではないかと思う。
それは大間違い。少なくとも、俺らがいったところでは大間違い。

沙漠と砂漠の境界は多く見積もっても200 mほど。礫の地面が突如として砂になる。
グレーゾーンもどちらかというと、砂が飛ばされてそうなっているという感じで、
グラデーションのように「段々と」では全くない。あれは驚き。

長くなったので、砂漠への出発はまた次へ。

Posted by Sota at 17h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

20 février 2006

ふりかえりMorocco日記 viii

Ouarzazateの夜

そろそろタジンも飽きてきたと言うことで、洋食を食べに行こうということに。
帰ってきてから、ネットをみるとホテルの向かいの料理屋もなかなか悪くなかったらしいのだが、
洗濯もしたかったので、街の中心部へと向かう。

ホテルが少し街外れにあるので、中心部まではおよそ3km(根拠のない数字)。
洗濯物と少しのお金を持ってとぼとぼ歩く。

Lonely Planetにあったコインランドリーの場所にたどり着き、衣類を預ける。
1時間ほどでできると言っていたので、その間食事をすることに。
何件か廻った後にピザなどがある店があったのでそこに入る。
まぁ、日本の地方の洋食店(の中でも冴えない店)くらいの味。
悪くはないが、ことさらおいしいわけではない感じ。

ピザだのなんだのを頼み、ウェイターの言葉が“Vin?”(ワイン)と言った気がしたので、
(かっこよく)“Rouge”(ルージュ、赤)というと、チッチッチッというような動作をされ、
「水ならご用意できますが」的な事を言われる。あー、やっぱり、ここはムスリムの国なけだね。

さて、メシを食い終わり、ランドリーの閉店の時間も迫ってきているので、
とりあえず服を取りに行く。

この国、100 DHとかの紙幣がある割に、あちこちで受け取りを拒否される。
確か、日本には受け取りを拒否してはならない旨の法律が合った気がするがそんなものはないらしい。
(日本でも20枚以上の硬貨は拒否できた気がする)

なんでこんな話になったかというと、彼らがそんなに大きなお金は受け取れないといってきたからだ。
うーん、小銭はあんまりないんだよなぁと、困ってポケットをあさる。
いくらだったかは忘れたが、彼らが請求してきた額(30 DHくらい)の2/3くらいしか小銭がなかった。
店には主人とその友達(?)がいたのだが、
友達の方が「じゃ、これでいいよ、そうだろ?」と店主に言う。店主も「そうだね」と。

あー、なんて寛大な。
これが、Moroccoで受けた初の無料の親切かもしれない。
(実際には払っているが...)

どっちだか忘れてしまったが、どちらかは日本語が若干できるようで、
Moroccoによくいる「ニホンゴー。コンニチハー、サヨウナラ。モモタロー、ナカター」とはひと味違う
日本語ができてちょっとびっくりした。

で、帰りに、「ビールが売っている」と地球の歩き方にあった、スーパーマーケットに行く。
前日のMarrakechのトルコ風呂でのマッサージで(わざといかがわしく書いてみたり...)、
沢山のシャンプーを消費されてしまったTはシャンプーも買いつつ、
ポテトチップスだの水だのビールだのを買って帰る。
再びてくてく。

ホテルに着いて、やはり栓抜きがないということになり、
前日のようにがんばって堅いところであけるのも面倒くさいので、
ホテルの人に借りに行く。(Cokeかというので、そうだと答えたりしつつ...)

とりあえず栓抜きをさっと返した方がいいだろうということで、
全部のビールの栓を開け、とりあえず風呂へ。

Yが入り、お湯がでないと騒ぐ。
ちょろちょろだしてるからじゃない?ということになり、
すこし大げさにひねりしばらくするとお湯がでる。
そんなに急にお湯がでないこともあるのは、俺の実家もMoroccoも大差がないようである。

Yが出てきて、俺が入る。その間に事件は起きる。
風呂上がりには(風邪を引くからという理由で)ドライヤーが必須らしいYは、
事もあろうにビールやら、デジカメやらがおいてある机の横の
デジカメ、iPodなどなどを充電しているコンセントからドライヤーを使おうとする。
まぁ、比較的想像に足りるが、ビールが倒れ机にビールがこぼれる。

この辺のタイミングでシャワーを浴びている俺にも、「あー、やばい」というような声が聞こえてきた。
何となく俺のモノになんかした気配はしていたが、体を拭いて出て行くと
「まずい、まずい」と聞こえる。隠蔽するつもりだったのか??
で、机を見ると、ビールがこぼれているではないか。iPodが、ビールに浸っている。
幸いカメラ、フォトストレージは無事。

想像もできないようなことが起きてそうなったならまだ理解できるが、
様子を察するに単にドライヤーを使おうとコンセントをいじっているときに服を引っかけたと
見られ、実際そのようである。不注意と隠蔽しようとした気配に、ちょっと「怒」。
iPodがビールに浸って困るのは俺よりもそこにデジカメの写真を移したY/T。
もう少し、危険予知をして欲しいところである。

一応弁解しておくと、ビールの栓が開いていた、机の上が散らかっていた、
コンセントがそこにしかなかった、などの不幸が重なり合っていたことも原因の一つだし、
よく言えば朗らかで明朗な彼の長所の裏返しが、今回の事故を招いたと思われる。
なにより無事でよかったです。

そんなハプニングがありつつも、夜は更け、ビールを飲み、眠りにつく。
明日はいよいよ砂漠へ出発だ!

Posted by Sota at 23h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

ふりかえりMorocco日記 vii

さぁ、いざ砂漠ツアーへ。

Marrakechからは多くの砂漠ツアーなどの現地ツアーがでているらしく、
道を歩いていて、勧誘されることもあった。
が、我々は、すでに日本で予約済み。
モロッコ旅のまよいかた」というサイトの、マラケシュ発フェズ行き2泊3日に申し込んでいたのだ。

価格は3人で行った場合、1人3300 DHだったが、
実際には我らの他に2人が同じ日程で旅をしたので2800 DHであがる。
(Webには2800 DHってあったけど、2900 DH払った気もする。別グループのせいか思い違いか)

まぁ、ツアーのいろいろに付いてはおいおい触れていくとして、
集合は8:00にPalace Djemma el Fna(フナ広場)にあるBank al-Maghrib(モロッコ銀行)前。

眠い眼をこすりつつ、そして結局ちゃんと乾かなかった洗濯物を袋に詰めたり荷造りしつつ、ホテルを出発。
あのラリった南米の彼も、反動か眠いだけか、えらくテンションが低い。
まぁ、7:40だからね、夜も遅そうだし。しょうがない。

ホテルの近くの店でパンと水を買っていざ集合場所へ。
集合場所にある白いベンツの“Jeep”に。(←おかしいけど、一般名が分からない)

横に西洋人の顔をした男性と、日本人らしい女性が。
てっきり、Webサイトを作ってるyama-sanなる人物かと勘違いしてしまった。
「お金はどこで払えばいいんですかね?」とか尋ねる始末。(marikoさんごめんなさい)

聞けば、イギリスに在住の二人。休暇でMoroccoに来ているとのこと。
そんなneilとmarikoさんを加えて旅は始まりました。(俺らが加わったって見方もあるけれど)

まず、車でアトラス越え。
8:00から車に乗ってアトラスにさしかかったのは、9:00ごろかな。
運転手さんは、英語もフランス語も、もちろんアラビア語もできるMuhammadさん。
寡黙だけど、気遣いを忘れないダンディーなひとでした。運転もうまい。

オレンジ畑や、オリーブの畑、
山に張り付く土の色をした建物の集落をいくつか遠くに眺めたり、流れる雲に目をやったりして
Moroccoの道のなかで一番標高の高いTizi-n-Tichka(ティシカ峠)を越える。
道がおおむね下り坂になったところで、舗装した道路を離れ、
Télouet(テロウェット、フランス語で書くならtは読まないのでは)の石造りのKasbah(カスバ)へ。
Kasbahというのは、要塞に囲まれた住宅のこと。

1960年代まで使われていたこのKasbahは立派なかんじ。
眺めもいいし、窓にはめ込んである金属のアラベスク模様のフレームもきれいだ。
山間の狭いなだらかな土地に建つKasbahは美しい。

ちかくにある観光客向け(?)のレストランで、昼食。料金はツアーに含まれている。
出てきたのは、モロッカンサラダとタジン、オレンジ。
食べ物が高くないこの国でも、昨日の晩ご飯に続いて、ちょっといいところ感があったし、
おいしかったので、満足した。

昼食後はいよいよ未舗装の道路を使ってAit Ben Haddou(アイト・ベン・ハッドゥ)へ。
っていうと、すごく簡単に聞こえるけど、未舗装の道を通ること約3時間。

Tokyo Disney Seaにあるインディージョーンズのアトラクションのジープのように、
車はすごい角度になったりする。
(例えがおかしいが、↑がよくオフロード感をだしているということが分かる)
なかなか面白い。運転手さんは運転がうまく、時折前の車に追いついて抜かしたり。
抜かしたりと行っても、道も車の幅+α程度の幅なので、たまにある開けた場所での話。
あれはなかなかすごいので機会があれば是非体験してください。

Ait Ben Haddouってのは世界遺産にも登録されている、川辺にある大きなKasbahです。
世界遺産に登録されているから偉いわけではないけれど、登録されるだけあってなかなか壮観。
頂上まで登ると、すごい風。
カメラを構えて風景を撮ろうとするが、体が揺さぶられてなかなかシャッターが切れなかった。

この後、さらに1時間ほどして、Ouarzazate(ワルザザード)に到着。
ホテルはやはりツアーで用意してもらった、La Valléeというホテル。
少しがらんとして、ひと気がなかったが、それは今改装中のせいかなとも思う。

うん、でも、きれいで、我らのような似非バックパッカーにはちょうどいいホテルでした。

ホテルに着いてOuarzazateの夜の出来事はまた次回に記すとしよう。

Posted by Sota at 18h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

19 février 2006

ふりかえりMorocco日記 vi

さて、部屋に戻り。買ったジュラバを置いて一段落。
朝は洗濯をしなかったTが洗濯する。

天気が余りよくないせいか、全然乾いていない。
地球の歩き方にはすぐ乾くと書いてあったんだがなぁ。

16:30過ぎ、再出発。だれてるな。
まず、Bab Agnaou(アグノウ門、Babは門って意味)へ。

そして、Tombeaux Saadiens(サアード朝の墳墓群)へ。
王家の墓地です。アラウィー朝のムーレイ・イスマイルが道と墓廟を壁で囲んだため、
1917年に空から発見されるまで存在は隠されていたという。なんか、秘密めいてるね。
またも、アラベスク模様がすごい。
ヨーロッパでカトリックの教会に行くと、「これなら神様もいるかも」と思う。
アラベスクには宇宙を感じる。精巧に、緻密にくみ上げられた宇宙を感じる。
墓地+夕日というだけあってひっそりと静かないい雰囲気。
レモンの木が実を付けていました。

で、Palais el Badi(エル・バディ宮殿)へ。25年の歳月を掛けて造られた宮殿。
今は、大きな中庭と城壁、建物の一部が姿を残しているだけ。
広い空間に、人も少なく夕日が影を落とす。いい感じ。

さて、この後Palais de la Bahia(バイア宮殿)へ行こうとするが、すでに18時ちょっと前。
18時までのこの宮殿の門はすでに閉ざされていた。残念。
仕方がないので、Place Djemma el Fna(フナ広場)へ戻り、再びホテルへ。
まぁ、道と方向は分かっていたのだが、我らを先導しているつもりになっている男の子に付いていく。
広場まで着くと、ちゃっかりお駄賃を要求してくる。1 DHだかそこらをあげて分かれる。

広場からまたホテルへ向かい、「今日こそはいい風呂へ」ということで、
Hammam(ハマム、日本で言う銭湯。トルコ風呂)へ。

宿の近くにも有ったのだけれど、Lonely Planetに載っていた、
タクシーで高級ハマム(高級トルコ風呂?、正しくない印象を与える言葉だ)に向かう。10分くらい
Hammam Hilton(044.49.31.29; 230 Targa Road)。
入るためのお金が、30 DHくらい。
gommerge(垢擦り)が30 DHかそこら。垢擦り用のミトン手袋みたいなのが20 DHくらい。
俺は垢擦りをしてもらう。頭、いやもとい、肌が弱いT/Yはマッサージをしてもらっていた。

Hammam、これがなかなかいい。
日本人からすると湯船がないのが玉に瑕だが、気に入った。
サウナで汗をかいてこいと言われ、汗をかいて待っているとお声が掛かる。
人生初垢擦りだけあって、結構でていたようだ。
英語やらフランス語やらを適当に発して若干のコミュニケーションを図る。

マッサージ組もなかなかよかったようだ。
水を掛けたりして遊んでいる姿もみえたりして。

さて、タクシーで再びメディナへ戻り、昼に会ったイスマイルの店に行く。
伝統的なモロッコ料理が食べられるとのこと。
値段も、1人100とか150 DHくらいだったのでものの試しにと。

料理はうまかった。
昨日屋台で晩ご飯を食べたときは、「タジン」と「クスクス」(どちらもモロッコの伝統料理)は
同じか似ている説がでるほど、同じようなものが出てきたが、
それはおそらく注文をしたT/Yがしくじったか、向こうが勘違いしただけだったようだ。

ただ、量が多すぎ。
コースの料理を頼んだのだが、「サラダはそれぞれに付けるか?」と聞いてくる。
もちろんとばかりに« Oui »(“Yes”)と答えたが、1人前のサラダが多い。
メインの料理も結構多い。料理が出てくる前につまんでいたアラビアパンもなかなか腹にたまる。
彼らが食べ物を残すことをどう位置づけているかは知らないが、少し申し訳ない。
デザートに出てきた季節のフルーツの盛り合わせも半分も手を付けずにぐったり。

そこに、イスマイルが現れ、「あー、きてくれたんだ」と日本語で。
彼が職もあって比較的成功している(?)せいか、ぎらぎらした感じがなくていい。
なんと言っても日本語もできるし。
「なかたー」、「こんにちは」、「ももたろー」程度の『日本語』ができる人は、そこいら中に居たが。

Yがビールを飲みたいと言うので、どこかで買えないかというとイスマイルが案内してくれる。
ホテルのバーで買うことに。1本20 DHくらいだったかな。
飲まないかと思いきや、ハーフミラーで囲まれたホテルのフロアでは不良なムスリム(?)がひっかけている。
おおらか、寛容さは安心したが、「いいの?」とも思ったり。

ビールを隠して(公衆の面前で酒瓶はまずいらしい)部屋まで持って帰り部屋で飲む。
明日はいよいよ砂漠ツアーへの出発だ。
8時に広場にある銀行前に集合しなくてはならない。

無駄話もそこそこに眠りにつく。

Posted by Sota at 23h50 | Comments (0) | TrackBack (0)

ふりかえりMorocco日記 v

さて、Marrakechの夜が明けて...。
起床は8時すぎ。なんでこんなことが分かるのか、それは2/19の写真が8:35から始まっているので。

屋上のテラスからの眺めを見に行く。
といってもホテル自体が周りの建物と同じくらいの高さなので特に眺めがいいわけではない。
でも、高いものがないからなんか空が広い。パラボラアンテナが目立つっていたな。

さて、昨晩は疲れ果てて寝てしまったので、シャワーを浴びようということに。
結構部屋があるホテルなのに、お湯がでるのは1つだけ。
(誰が水のシャワーを浴びるのだろう?)

そんなわけで、隙を見て、あるいは前で待ってないと入れない。
全員がシャワーを浴び終わるまでに1時間くらいを要する。
始めに入ってしまった俺は部屋で洗濯を、洗面台で。続いてYも。
ここで、Tも洗濯をする午前中は洗濯でつぶれそうな勢いだったので、あとでやろうと提案。
腹も減ったしね。

10時過ぎ。街へ出る。
いろいろな食べ物屋が目についてついついはしゃいでしまう。
入り口で焼いていたクレープに店にはいると、すでに待っている人がいるから時間掛かるよと
(何語で言われたかは記憶にないが、おそらく仏・英)言われ、じゃあ、他を当たろうということに。

もう一件クレープを焼いている店があったので入る。
まず、しばらくオーダーを取りに来ない。
入り口で言ったからもう通っていると思いきや、しばらくしてようやくオーダー。
さらに、オーダーが正しく通っていなかったのか、後回しにされたのか、
3つ頼んだクレープは1つしかこない。気長に待っていたが実は相当待たされたのは事実。
そんなこんなで1時間以上費やすことに。さっきの店の方が早かったのではとも思ったりする。

気を取り直して王宮に向かおうとするが、通りがかりに(日本語で)話しかけてきたひとによると、
この時間は昼休みだとのこと。彼はイスマイルという男で、なにやら観光系の仕事に携わっているようだ。
しょうがないので、広場の後ろのスークへ向かう。
スークというのは、一つの商品を取り扱う小売店の集合体のこと。
「絨毯のスーク」とか「革製品のスーク」とかが存在している。

あとから考えると大きな間違いなのであるが、この時点では荷物が増えることを嫌って、
あまりおみやげ購入活動には盛んではなかった。
(俺はおみやげを買い出すと、お金がかかるのでおみやげはあまり買っていかない主義だが)

いろいろあるねーとかいいながら、「銅・真鍮製品のスーク」やら「衣類・スリッパのスーク」などを経て
Musée de Marrakech(マラケシュ博物館)へ。
近所の史跡と共通のチケットが学生30 DH、一般 60 DH(だったと思う)。
展示品が多いわけではないが、Morocco感漂うものと何よりアラベスク模様のイスラム建築がきれい。
現在はテントの屋根が付いているパティオに吊されている木製のシャンデリア(?)はなかなかよかった。

そこからてくてく歩き、Medersa Ben Youssef(ベンヨーゼフ神学校)へ。
ここも一番の見物は建物。建築物としては考えられないほど緻密な装飾が印象的。
床や壁面のアラベスクもやはり。(実はこれはどこのイスラムの施設もこうなのかもしれない)

さて、さらにKoubba Ba’Adiyn(クッバ・バディン、12世紀の霊廟)へ。
こじんまりとした遺跡。といった印象。自称、遺跡好きのTは写真を撮りまくっていた。
まぁ、俺はもちろん写真を撮りまくっていたと思うが。
2時半ごろにこの遺跡を出発して再びスークを抜けて広場へ向かう。

思えば、昨日迷っていたあたりはこの辺だった。
案内をして金をせびってきた(これはこの国では然程特別なことではない。なれれば気にならない。)彼が、
わざと遠回りはしていなさそうだったと思ったりする。
あんなに疑って悪かったかなと反省。

さて、スークで、我ら(俺とT)はジュラバを購入。
ジュラバというのは、...。
魔法使いとかが着てそうな...、そう、ねずみ男が着ているみたいな形をした服です。
始めいくらと言っていたか忘れてしまったが、結構値切って買いました。
言い値が800とかそれくらいだったかな。
それを200–300 DHぐらいで購入。これでも相場よりは高いのかも。
(1 DH = ¥ 12、滞在中は10倍すれば円ということにして考えていた。20%も誤差が...。)

のどが渇いたので広場でオレンジジュースを買う。
オレンジジュースっていったって、日本のオレンジジュースとは大違い。
目の前で絞って(砂糖を入れたりして)るもの。繊維感満々。うまい。
それがなんと、1杯2–3 DH、安すぎます。

その後、遠くから蛇遣いが、いやほんとに蛇遣いがおいでおいでしている。
うさんくさいとは思いつつも、近くに行くだけなら金は取られまいと思って近づいていく。
触ってみろというジェスチャーをするので触ったりする。
いよいよ、彼らはセールス活動に入ったのか、写真を撮っていけという。
まぁ、まんまと乗せられて写真を撮ってしまったわけです。チップを請求されました。
1人、5とか10とか上げたのかな。上げすぎだとは思ったがけちるほど大金でもないので、
安全のために支払っておく。
(彼らの名誉のために弁解すると、彼らはそれで食べているのだから当然。
日本との違いに不慣れで「えー」とは思うけど、そういうものだと割り切った方が愉しく過ごせる。)

で、一端ホテルに向かおうかということになる。
が、ホテルの手前で、T/YはMoroccoのサッカーシャツを購入。
ホテルについて、ジュラバを置いたり、Tが洗濯したりする。
昨日、受付をしてくれたハイテンションな南米人は、早くもフルスロットル。
昼間から何をヤッてるんだろうか?


Posted by Sota at 16h30 | Comments (0) | TrackBack (0)

18 février 2006

ふりかえりMorocco日記 iv

さて。Marrakechについた後の話。

TAXIでMarrakechのメディナに到着すると...。ひと、ひと、ひと、ひと。すごい賑わい。
この時点では、宿の予約なんかは一切しておらず。
列車の中でどこに泊まろうかと、地球の歩き方とLonely Planetで調べた宿へと向かう。
まず、受付のぼーずの男、挙動がおかしい。絶対に何かやってる。
みょーなフランス語やら怪しい英語やらで部屋はあるかと尋ねると、あるというので、
とりあえず部屋を見せてもらうことに。
うむ、悪くない。お湯のシャワーも共同ながらあるとのことなので、即決。

聞けば彼は、ブラジル(?、南米のどこかだったと思う)人らしい。
だからフランス語より英語が通じていた(雰囲気)だったのかと納得。
こいつ、昼以降はかならずハイテンション。
やはり、モロッコ最大の商業都市のせいか、ホテルが裏通りにあったせいか、
「あっぱ、あっぱ(葉っぱ、葉っぱ)」(フランス語はhを発音しないので)とか、
「マリファナ〜」なんて声もちらほら。

残念ながら、びびりな我々は手を出さず仕舞いでしたが。
(↑もちろん、モロッコでも違法です。要注意。)

少し、落ち着いて、ぐだーっとして、夜の街へ。すごい。
この人の賑わいはどこから来ているのだ?ってくらいひとが。

かるーく、うろうろして、少し中程へ入ると...。
服やら、布やら、スパイスやら、スリッパやら。なんでも売っている。

さて、奥に入りすぎた+同じ道を戻るのは悔しい+迷宮には不慣れのせいで、迷う。
すると、どこからともなく現れた若い男が広場はあっちだと。
そんなに歩いてきたかなぁ、こんなに暗いところを通ると何かありそうだなとか
思いながらもしばらくついて行く。
暗い道もあって、「怪しい!」と思って戻ろうともしたが、
結局どっちにしても人通りも少ないので、ついて行くことに。

いよいよ広場が近くなると、男はお金をくれという。
まぁ、実際困っていたわけだし、多少はいいのだけれど、残念ながら大きなお金しかない。
こいつにおつりは通用しないなと思い、とりあえず、ポケットの中で小銭を用意したりした。
TとYも危機は感じていたので、緊張した面持ちであるが、一応着きそうだということになったので、
数DH払って、別れを告げる。
(まぁ、実はカメラは心配だったものの、身の危険はそこまでは感じていなかったりする。人数の力でかし。)

一時は冗談で「邦人、モロッコで行方不明」とYahoo!ニュースのネタになるかとも思ったが、
「親切な」彼のおかげで、無事広場までたどり着ける。

おなかも減ったし安心もしたので、屋台でご飯を食べる。
初めて食べる、タジン。タジンというのは、円錐型の鍋を使った煮込み料理。
結構うまい。食後に、屋台のオレンジジュースを飲んで部屋へと戻る。

疲れてシャワーも浴びず、歯も磨かず寝てしまう。

Marrakechでのホテルは...

Hôtel Afriquia、Djemaa el-Fna広場の近く。
Tel: 044 44.24.03
Lonely Planetによると、single/double/triple: 50/100/150 DH。
double with bathroom: 150 DH
地球の歩き方によると20 DHで朝食も食べられるらしいが、
近所にたくさん屋台やらお店があるのでなくてもよさげ。

シャワーとトイレは共同。
お湯がでるシャワーは一つで、洋式トイレとくっついている。
水がでるシャワー+トイレ、モロッコ式トイレが数個。
タイル張りの部屋の中にトイレとシャワーが共存している。
少なくとも日本人には決してきれいな部屋には見えないので、
トイレと同じ部屋で裸足になってシャワーを浴びるのが気になる人は、
ビーチサンダルのようなものがあるとよいかと思われる。

部屋にはコンセントはなく、お湯もでない。
こう書くと、このホテルについてネガティブなイメージかと思われそうだが印象自体は悪くない。
屋上のテラスの眺めも悪くないし、従業員もsympa(サンパ、フランス語。愉しいというような意味)だし、
中庭のオレンジの木もなかなかすてき。

話は変わるが、モロッコではそこいら中にオレンジの木があった。
駅のホームに、街路樹として...。ちゃんと実がなっているのである。
一度、木からもいで食べてみようと思ったが、結局できず。

Posted by Sota at 23h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

ふりかえりMorocco日記 iii

長々のフライトとパリでの小冒険で疲れていた割に9時前に目が覚める。
T/Yは寝ているので、静かに身支度をしたり、力尽きて掛けなかった日記を書いたりする。

9:30に朝食へ。
1階のラウンジに行くと、昨日は従業員が1人しかいなかったのに、
従業員もお客も結構いる。あたりまえか、でもちょっとびっくり。
フランスパン、クロワッサン、オレンジジュース、コーヒー。
パンが焼きたてなのと、オレンジジュースが絞りたてなのが印象的。
マーマレードのジャムもおいしかったかな。フレンチスタイルの朝食でした。

さて、ホテルの人に荷物を預かってもらっていざ、市内へ。
の前に、ホテルの周りを軽く一周。(狙った訳ではなくそうなってしまった)
まず...、露天の魚屋が、怪しい日本語を。思えば、初モロッコ人の日本語だった気がする。
この人、日本語を話す割にまっとうなひとで、普通に面白い人でした。
簡単だけど、そこそこ意味のある会話が日本語でできました。

そして、Heinekenの看板が。
イスラム国なのでお酒はない的なことがガイドブックに書いてあったこと、
それもあってか、Heinekenをこよなく愛するTははしゃぐ。
俺もつられて看板の写真を撮ったりした。

さて、ぷらぷらと歩いていると、なにやら怪しいモロッコ人が接近。
「フレンドー」と言って声を掛けてくる。
今考えると、うさんくさいながらもそこまで問題のある人ではないが、警戒をしていた。
人なつっこくしてくる、ぶらぶらしている人を追い払うのほど大変なものはない。
彼は追い払いたいというほど強烈ではなかったが、
名前を聞いたり、あれは有名な...とかいう会話をしてから、ガイドはいらないと言って分かれる。

そうそう、ガイドはいらないというと、「俺はガイドじゃないから大丈夫」という輩がこの後も大勢いたが、
彼らはどうして、ガイドじゃないから警戒しているということに気付かないんだろう。
こっちは、「そう、だから大丈夫じゃないの!」と思っているというのに。

で、一瞬カサブランカの(今考えると)貧相なメディナ(旧市街、迷宮、混沌、ごちゃごちゃと同義語)を
一瞬かすめるように通る。入り口では、「ハシシー」と怪しい声まで掛けられた。
俺も警戒しながら歩くが、目立って危険な様子はない。
歩いていると、突然Tが驚く。驚いたんだから突然なのは当たり前かもしれないが、
そりゃー、鶏より大きな撮りを3羽も片手に持っているひとがすれ違えば驚いてしまう。
彼がどんなに大きな肝を持っているかはここではふれないでおこう。

そう、そうしてメディナをかすめ、Hassan II Mosqueへと。
まぁ、平たく言うと、イスラム教徒がお祈りをする場所ですね。
国家が傾くくらいのお金をつぎ込んだというだけあって立派。
数少ない非ムスリム(非イスラム教徒)でも中を入れるこのMosqueですが、
公開ツアーの時間をはずしてしまったので、そとから見るだけになってしまいました。
次行くときは、是非改宗してでも中を覗いてみたいです。
(うそです、異文化を犯すようなことはしたくありません。見てはみたいですけど。)

で、その近くを歩いていると、小学校があるのか、子供がわさわさと。
元来顔が優しいのか、Yは早速子供と戯れている。俺とTは子供には人気なし。

旅程上、今日はMarrakechに行かなくてはならないので、
駅の方面に向かい始めようと言うことに。
Casablancaの鉄道の駅は2つあるが、
Casa Voyagerという駅から都市間を結ぶ列車が多くでているようだ。
Yが朝ホテルの人に時間を聞いてくれたこともあって、15:16の列車で行こうということになっていたのだ。

歩いている途中で見かけたお店に入りお昼ご飯を食べる。
記憶では羊の肉とフライドポテトとオリーブとコカコーラを口に入れた。
サラダが間違えて出てきたり、
料理作っているおっちゃんが「中国?」みたいなことを聞いてきて「日本」
と答えたり、「箸使うか?」って聞いてきたりした。
(もちろん箸などなく、おっちゃんが持ってひょいひょいしているのは、
明らかにプラスチックフォークを2本逆さまにしたものだったが、意外と上手だった)

モロッコ式トイレに出会ったのもここが初めてでした。
トイレに行ったTは、早速写真を撮っておりました。
トイレの写真よりも自分の左手の写真の方がよっぽど記念になっただろうに。
(俺はなんだかんだ言ってトイレ写真を撮ってこられず。ちょっと残念。)

ホテルの周りののどかに歩いて
まぁ、とにかく、そんなこんなで、ホテルによって荷物をpick up。

そのまま、歩いて駅まで行って、列車に乗りました。
Marrakechまでは75.5 DH (1 DH=¥13くらい)で、3時間の旅。
南に向かっているわけですが、真ん中あたりから、少しずつ乾燥地帯の様相を示すようになりました。

8人掛けのコンパートメントで、ずーっと我らはモロッコ人とは会話せずでしたが、
到着の30分くらいまえに何かの拍子に会話が始まりました。
街のことや「モロッコの学生は勉強しない」こと何かを聞けました。

そして、Marrakechに到着。時刻はすでに18時過ぎ。
駅はあまり何もない新市街にあるので、メディナまで何かで移動しなくてはならず、
疲れていたのでTAXIに乗ることに。
面倒くさかったのと何やらで40 DHも払ってメディナへ移動することになってしまいましたが、
実質的には10 DHくらいが適正価格だった模様。

さて、長くなったので、ここでいったん切ります。

誰かがMoroccoに行くときのための、詳細モロッコ情報は続きを。

Casablancaで泊まったホテルはHôtel Astrid
お湯がちゃんとでるし、清潔で、予めお願いをしておくと空港までのTAXIも手配してくれたりしました。
single/double/triple: 256/309/405 DH, breakfast: 33 DHです。
きれいでいいホテルです。

本当のバックパッカーからすると高すぎ、きれいすぎなのかもしれませんが、
ここなら落ち着いて眠れるのではないかと思うので、おすすめ。

メールで問い合わせ、予約ができました。
が、アドレスを載せるのには抵抗があるので、電話番号を書いておきます。
022.27.78.03です。これを元にGoogleでメールアドレスを調べてください。

そうそう、モロッコはアラビア語が公用語であるのに加えて、
かなりの(90%以上)の人がフランス語を話します。
彼らの第2外国語が英語ではないことに留意しておいてください。
俺は、メールは一応、本を見ながらフランス語で書きました。
英語ができないかどうかは不明です。

Posted by Sota at 20h00 | Comments (0) | TrackBack (1)

17 février 2006

ふりかえりMorocco日記 ii

経由地のフランスに入国。
日本からの便が到着したのは、Charles de Gaulle空港(CDG)。
Moroccoへの便がでるのはOlry空港だ。

あらかじめ時間がないから、まじめに直行しようと決めていたにもかかわらず、
なんとなく時間があるのでは、という錯覚に陥ってParisをみていこうかということに。
それに加えて、空港間の交通をあまり調べずにきてしまったことがあとで大きな焦りにつながる。

とりあえず、空港からRER(高速地下鉄)でParis市内へ。
乗り換えの都合上などから、シテ島のノートルダム大聖堂へ向かう。
というとすんなり行ったようだが、チケットを買うのにも若干一苦労。
30分ほど乗ると懐かしの&愛する(片思いの)Parisへ。

ノートルダムを軽く一周して写真を撮ったりしてふと時計をみると、
次の飛行機出発まで、すでに2時間を切っている。
国際線は2時間前を目安に...という頭があるので少し焦る。
それに加えて、実は行き方がわかっていない。
Parisの地下鉄はそこそこ慣れているつもりだが、RERはそうではないことも焦る原因に。

TとYを急かしてRERの駅に戻り、チケットを...と思うが、
ん、さっき、乗って降りたときに出てきたチケットを入れてみるか(?)と思ってやってみると乗れる。
正しい使い方か、規則の上では違反かはよくわからないが、
一度使ったチケットでまた入れてしまった。

入った後がまた問題で、空港に行くRER Cは途中で枝分かれしたりしている模様。意味不明。
落ち着いていない+日本語で概略をもみていないっていうのが原因かもしれない。
何はともあれ、人に聞いたりしてなんとか最寄りの駅まではたどり着く。
駅から空港までのシャトルバスに乗り(有料かどうかもわからず...)、
たどり着くだけはたどり着いた。

さぁ、チェックインできるかどうか。
informationの人に聞くと、チェックインカウンターはあっちだけど、急いだ方がいいよと。
そう、すで出発の1時間前くらい。
この後、フランス語での出国の手続きに手間取ることなんかも予想されるので焦る。

チェックインカウンターに行くと、とくに何事もなくチェックインできる。
でも時間がないから急いでねといわれる。

さて、いざ出国審査へ。と思いきや、いきなりゲートの看板。
??と思っていると、その先に出国審査が。
げ、けっこう列んでる。そして、そう、やつらは仕事をてきぱきとしないんだった。

まぁ、チェックインもしてるので、行っちゃうことはないとは思いつつやっぱり焦る。
ようやく出国審査が終わって、小走りに搭乗ゲートへ。
すると、ゲートの前の荷物検査の人が、「落ち着いて落ち着いて」と。
急いだ日本人3人組はさぞかし滑稽に見えたことだろう。

なんとか大丈夫そうだったので、安心。
そして、急いだ割に飛行機は定刻には出発せず、1時間弱遅れて出発。

飛行機の中は早速アラビアンな雰囲気。
といっても、アラベスクな模様と、アラビア語の新聞があっただけだけれど。
そうそう、途中揺れたときに、お祈りらしき声が聞こえたのもアラビア風か(というかイスラム教だけど)(?)

到着すると、事前に予約のしてあった、ホテルが手配してくれたタクシーの運転手のひとが。
とりあえず、両替をしたいと、あやしいフランス語でいって、両替をしてから、車へ。
空港を出ると、控えめな照明にびっくり。空港だというのに、外はあまり明々していない。

車で40分くらい走ってCasablanca市内へ。
ホテルに着いて、チェックインして、シャワーを浴びて眠りにつく。

長い一日でした。

Posted by Sota at 23h50 | Comments (0) | TrackBack (1)

ふりかえりMorocco日記 i

(今自分の住んでいるところの最寄りの空港からはあまり国際線がでていないので、
実家に1泊して成田空港から出発、うちから成田までは90分くらい。遠い。)

朝6:30ごろに起床、軽く朝ご飯を食べて7:10分頃に出発。
9:00すぎに成田空港に着。

(blogに名前は出さない主義なのだが、話の都合上仮名で。
ひねくれた方をT、朗らかだが少し抜けている方をYということで...。)
初の「大空港」にはしゃぐT。
実はつきあいは長い割りに、最近はともかく、あまり遊んだりはしていなかったT。
はしゃいだりしているのをみるのも初めてか(?)。
「国際線に乗るときは靴を脱ぐ」とかなんとかいったりして遊ぶ。

Yは早くもマイペースだ。いいところ兼、困るところといえるのか(?)
何でも世の中表裏一体ですな。

航空券を取ったときにはすでに事前指定の枠がなくなっていたとかで、
空港でチェックイン時に座席を決めることに。
早めに向かったつもりが、意外とふつーの時間になってしまい、
座席は2+1に。Tと俺は運良く2の方に。
くだらないことをしゃべったり、映画を見たり、寝たりして時間を過ごす。

Posted by Sota at 15h00 | Comments (0) | TrackBack (0)

いざMorocco

いろいろな事件もありつつ、なんとかスタートした。

明日はいよいよ、成田からパリへ、そしてモロッコへ。
どんな旅になるやら。
報告はもちろん写真と沈黙、いや、もとい雄弁で。

Moroccoにいかない人で、Moroccoをネタに楽しみたい人は、
3人で10日間で何枚の写真を撮るか、
いつまでみんなが平和に過ごせるか、
トイレットペーパーがなくなって代わりに左手を使うのは何日目かとかを予想してください。

帰ってきたら報告するので是非とも予想しておいてください。
ではでは。

ご迷惑をかけている皆さん、ありがとうございます。

Posted by Sota at 3h37 | Comments (0) | TrackBack (0)

15 février 2006

いい日、旅立ち

いよいよ明日、Moroccoへ出発です。

さて...
俺のひょんな思いつきのせいで沢山の人にご迷惑をおかけしております。
今回、こんなタイミングで旅行に行けるのは、いろいろな問題を周りの人が受け止め、対処してくれているからに他ならない。

レポートを手伝ってくれたり、あける穴の分だけ仕事を引き受けてくれたりと、ひじょーに申し訳ない。
本当に感謝しております。
あまり役に立つとも思えませんが困っているときは、是非にお知らせください。できることは何でもいたします。

沢山の写真と土産(話)を持って帰ってきますので、ご期待ください。
(↑恩を仇で返す結果になりそう...)

Posted by Sota at 11h43 | Comments (0) | TrackBack (0)

12 février 2006

「写真とっていいですか?」

さぁ、写真撮りまくりなみなさんに海外で役に立つ言葉を紹介。

あんまり、人間にカメラを向けるのは好きではないのだが、
Moroccoは街や人に魅力がありそう。撮れるものなら人の写真も撮ってみたいかなと。

ところがMorocco人は写真を撮られるのがあまり好きではないらしい。
(いきなり外国人にばしゃばしゃ写真を撮られて気持ちがいいはずはないね、誰でも)

そこで、誇り高きマグレブの民(北西アフリカ部)に失礼のないように写真を撮らせてもらうフレーズを紹介。
残念ながらアラビア語だと覚えられない、書けない、発音できない、
と言語として全く用をなさない状態なのでフランス語で。

« Puis-je prendre le photo? » ピュイ・ジュ・プランドル・ル・フォト?
= Can I take a picture?
« Pourrais-je prendre le photo? » プーレ・ジュ・プランドル・ル・フォト? (丁寧)
= Could I take a picture?

ちなみに、「ここで」を付けたい場合は、« ici » イシを最後に付ける。
「私たち」としたい場合は、« Puis-je »を« Pouvons-nous » プーヴォン・ヌに換えればOK。

Posted by Sota at 12h07 | Comments (0) | TrackBack (0)

8 février 2006

Moroccoすごい

この間、通りがかりに見かけたWebサイトがあった。
モロッコ紀行写真集」というページ。

2004年の夏にモロッコにパッケージツアーでいった人の写真&紀行文なのだが写真が目を引いた。
景色や人なんかもすごいのだけれど、建物がすごい。
イスラムの寺院はどこもこういう風なのかもしれないけど、
それほどアップではない写真でさえも、極めて精巧に透かし彫りやらが施してあるのが見て取れる。
彫ってあるものは模様だったり、(おそらく)コーランだったり。

この間書店で見かけた「図説 アラビア文字事典」をぱらぱらっとみてびっくり。

イスラム教では偶像崇拝が禁止されているため、神の絵やムハンマドの絵というのは存在しない。
(だから幾何学模様が発達したという側面もあったりする)
そこで寺院にはキリスト教のようなステンドグラスや絵ではなく、コーランが書いてある。
それは知っていた。知っていたがこんなにアラビア語の世界が奥深くて謎めいているものだとは。

最近blogにもちらほら書いているアラビア語。(表音文字で右から左へ記す)
あの形、実に応用が利くらしく、字としてのまとまりで絵としても機能するように書(描)ける模様。
「アラビア文字事典」では、「文字しかない絵本」が紹介されていた。
本文を表す挿絵が字で作ってあるのだ。すごい。
西洋にあるカリグラフィーやレタリングによりも書道や水墨画に近いと思った。

初イスラム世界ですが、これはちょっとはまってしまうかもしれません。
(全然合わなくて、やっぱヨーロッパっていうかもしれないけど...)

Posted by Sota at 11h55 | Comments (0) | TrackBack (0)

1 février 2006

Moroccoゼミ

今日、Moroccoゼミをしました。

議題はMoroccoの歴史と旅行の日程。
思いの外気合いが入っていたというか、
いつもみるようなプレゼンの造りで「遊び」な内容というパロディさからか自分で思っていた以上に楽しめた。

日本ではヨーロッパ史、中国・東南アジア史、そして日本史的なものはやるにしても、
アフリカや中央の王朝については初めて聞く名前ばかり。
まぁ、名前なんかは覚えられないのでいいとして、
どうやらあちこちの都合や思惑に翻弄されてきたらしいことがわかった。

何はともあれMoroccoゼミは成功でした。プレゼンターの技量もあったし。

アラビア語も発音してみたりして遊んだ。
アラビア語圏(モロッコ方言)に行くときに役に立つかもしれない挨拶を紹介。
Hello: السلام عليكم サラーム アライコム
(Reply) Hello: وعليكم السلام ワ アライコム サラーム
Thank you: شكرا シュクラン
I am a (male) student.أنا طالبة アナー ターリブン

Posted by Sota at 3h33 | Comments (0) | TrackBack (0)

31 janvier 2006

このあいだ

本気か呆れてか意味もなくかはわからないけれど...。

この間、学校で友達と昼飯を食べていた。
自分を含めて、4人。今度一緒にMoroccoに行く輩とあれこれ喋っていると、
(行かない人には面白くない会話かなという懸念は抱きつつ...)
別の輩が、ぼそっと「旅行ってそうやって前から楽しむんだね」と。

まぁ、とりあえず、一つのネタでたくさん楽しめるならそれに超したことはないと思っているわけで...。
いわれた言葉の真意がどこにあるかはいいとして、実際、いろいろと思いをはせて楽しんでおります。

木曜にはMoroccoゼミ(?)をする予定。
Moroccoの歴史に関するプレゼンテーションをして、
Morocco映画を見て、Moroccoでの大まかな旅程を決める。

旅の醍醐味はこんなところにもあったりする。

Posted by Sota at 23h53 | Comments (0) | TrackBack (0)

28 janvier 2006

Morocco用持ち物リスト

準備が悪いのできっと直前にわさわさと準備をすることに。
ばたばたすると、忘れ物も多くなりそうなので備考録を兼ねてblogに書き込み

基本的な旅行装備に加えてMorocco向きの装備もリストアップ

Posted by Sota at 12h45 | Comments (0) | TrackBack (0)

27 janvier 2006

旅の心得

元来、チームプレーとか協調性とかいうものとはほど遠いところで生きているので、
旅行だからといって、急には変われない。
どうせ、co-travelerもきっとわがままだし...。たぶんね。

そこで...

24時間一緒にいると、普段は気にならないか我慢できることでも気になったりする。
嫌なところが目についたりもする。
でも、時間とお金を費やして同じ体験を共有できるのは目の前の子憎たらしいひとなのです。
すばらしい体験と苦労をともにすれば、もはや長年の朋も同然。
ことなかれ主義なんてくそくらえ。しっかりもめて、しっかり楽しみましょう。

で、現地