読んでいないから詳しくは知らないけれど、
Odysseyとはトロイ戦争後のOdysseus(オデュセウス)の放浪の旅の様子を詠った叙事詩らしい。
いわゆるギリシャ叙事詩。詩人ホメロスの作とされているらしい。
さて、何故Odysseyかというと...
スカパーのAXNでやっている、Odyssey 5というドラマを見始めてしまったからだ。
スペースシャトルOdyssey 5のクルーが宇宙でのミッション中に、
地球の爆発(?)を目撃、謎の生命体に5年前の自分の体に意識を送り込まれて、
地球の爆発の原因を探り阻止していこうという話。
なんともまぁ、強引でうさんくさい話なのだが、結構好きかも。
深く考えなければ楽しめる。
まっ、SFはなんでもそうかな。
さて、Odyssey。
アーサー・C・クラークの、かの有名な「2001年宇宙の旅」も
原題は“2001: A Space Odyssey”、あれもなかなか含みのある面白い小説だった。
映画もさることながら、全4作の組曲としての作品はなかなか読み応えがあった。
さて、Odyssey。
Odysseyは転じて長い旅を表す言葉としての側面も持つ。
Odysseusの旅は10年だったから、たかだか20日間にも満たない旅行で、
Odysseyというのは忍びないが、(「冒険」でもないし)
近々旅行に出るものとして何となく意識してしまう単語ではある。
さて、Odyssey。
Odysseusは英語名Ulysses(ユリシーズ)。
ユリシーズと言えば、イギリスのジェームス・ジョイスの作品のタイトルでもある。
内容は、全く知らないのだが、Odysseyのパロディーらしい。
原文は英語で、英語のあらゆる技巧という技巧を使って書かれており、
多言語に翻訳することは不可能といわれるくらいすごい文章らしい。
(もちろん、内容は訳せるのだろうが、掛詞やもとのOdysseyを思わせる言い回しなどが、
翻訳できないのだろうと推測される。)
さて、ユリシーズ。
ユリシーズといえば、ギリシャの映画監督テオ・アンゲロプロスの映画に
「ユリシーズの瞳」というのがあった。
家族と見に行ったのか、うちで流行っていた(母と兄)からまねをして見に行ったのかは
定かではないが、なかなか難解な映画だった。
何も起こらない映画なのである。
今見れば、また違った印象になるのかもしれないが、
中学生か高校生だった自分には、何を訴えたい映画なのかは感じ取れなかった。
画面がきれいなことは記憶に残っている。
ただし、同じ監督の「永遠と一日」とごっちゃになっている可能性もある。
音楽はやりすぎなくらいもの悲しいワルツが印象的だが、
こちらも話は自分には難解に感じられた。
ここいらへんに理系の脳の限界があるのかもしれない。
以上、今日思いつく“Odyssey”という言葉から連想されるものたちでした。
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